217 ひらかれたものづくりの場(1)

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2019年海の日,「長崎村の海開き」.

長崎といっても九州ではなく, 豊島区東長崎. 当然海などない.

イベントの謳い文句が,

「地域にご縁のある音楽家と絵描きなどが集まって, 海がないのに海びらきします.」

もうこれだけでだいぶそそられる.

 

会場は, 絵具メーカー, ターナーが運営するターナーギャラリー.

http://turnergallery.net/

ターナーは東京支社がこの場所にあることから,  その社屋の1,2,4Fをギャラリーとして若いアーティスト向けに貸出するとともに, 豊島区の様々な文化活動に積極的に関わっている. もちろんこのイベントも実行委員として入っている.

 

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1Fの会場へ入ると, そこは既に色彩と音楽の洪水.

白いRCスケルトン空間の中央部ではアーティストがパフォーマンスをしている.

この時は音に合わせて踊りながら描くパフォーマンス.

その前に数席の観客席.

そしてその周りの白い壁を, 大人と子供達が海の絵で埋め尽くしていく.

イベントの進行とともに色彩で埋め尽くされる白い壁.

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独特な楽器を使うザディコバンド.

後ろの大きな壁面はイベントの1日を使って, 水棲生物画家が大きな鯨を描上げている.

絵描きも音楽家も, この周辺地域で活動している人々.

かつての「池袋モンパルナス」ならではの層の厚さ・バリエーション.

 

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「踊りましょう!」の合図とともに, 観客席も, 絵を描いていた大人たちも入り乱れて,

踊りが始まった. ラテンミュージックと合間って, すごくラテンな雰囲気.

そしてその周りで構わず壁を黙々と絵で埋めていく子供達.

 

それぞれ異なる活動をする老若男女が同じ空間に共存する, すごく創造的なカオス感.

バラバラしていながら, どこかゆるく繋がっている, いわば銭湯のような雰囲気がある.

実は最近自分が, 「これこそが公共空間」と思うものが, そこにはあった.

 

 

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そしてイベントの終盤, 完成した絵をそのとき会場にいた人々で見て乾杯.

アーティストによる鯨はとてもクオリティの高いものとなった.

その横に子供達が自由に描いた絵があるのだが, よく見ると寿司が描いてあったり, 

リュウグウノツカイがいたり, 「赤潮」と大きく書かれていたり.

この自由さ, 許容感がとても良い空間を作り出していた.

 

これらの絵は, なんと毎年, 1日で描かれ, 次の日には上から白ペンキで塗りつぶしてしまうという. それはアーティストの絵も含めて. 今年の絵はその日そこにいた人たちの記憶の中にだけ残る.

なにかとても勿体無い気もするが, むしろそれがこのイベントを振り切らせているのだろう. 一瞬で終わってしまう夏の花火大会のように. 

 

つづく

403 ミースの余白_Federal Center Chicago(2)

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この広場にある独特の緊張感といやすさ.

どこか, RCR作品の空間に感じるものと非常に似ている.

 

 

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おそらくこの緊張感を生み出していると思われるのが, 座標系とプロポーション.

広場を舗装する花崗岩板, 石のベンチ, 緑地帯, 建物の列柱, サッシ割, 徹底して同じ規律のグリッド状に揃えられている.

 

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グリッドに揃えるだけ. 一見陳腐で, どこか人間味のないコンピューター的な無限空間を連想させる.

けれどその広場を, 人がグリッドと関係なく絶えず色々な方向に横切っていく様子を石のベンチに座って見ていると, それと合わせて完成する空間を感じる.

 

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シカゴという摩天楼都市の喧騒の中, 静かに見ていられて飽きない場所.

RCRは間違いなくミースから大きな影響を受けているだろう.

双方の空間を体験してそう感じずにはいられなかった.

 

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この広場でもう一つシンボリックなのがカルダーの彫刻.

朱色に塗装された薄い鉄板とリブを組み合わせて立ち上げた, 工業的な巨大彫刻は, ミースの建築とも不思議に調和していた.

あたかもミースの引いたグリッドの座標点からカルダーがいくつか選び, 立体曲線でつないだ形がそのまま立ち上がっているような印象すらあった.

402 ミースの余白_Federal Center Chicago(1)

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黒塗りの鉄骨フレームとマリオン, ガラス, トラバーチンの壁.

シカゴのIBMビルやレイクショアドライブアパートメント、ニューヨークのシーグラムビルなど、多くのミース建築を今回滞在中に見た.

デザインコードが共通のため, おそらく部分だけを見せられたら, 正直自分には区別がつかない.

 

だが, このシカゴのフェデラルセンターは別格だと感じた.

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建物単体としての構造の明快さ, 納まり, プロポーション,ミースの「オーダー」.

これら、建物の'実'としての部分に目が行きがちになる.

けれど, フェデラルセンターは3棟に囲われた広場, つまり'虚'の空間が中心であり主役である. 今回肌で感じたのは, ミースが抜群に上手いのはこの余白部分の作り方ではないか, ということだ.

 

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 広場は二つの高層棟にL字に囲われている.

そして効いているのが, 三つ目の要素として置かれたこの平屋の低層棟.

この機能は郵便局なので, カウンターの中では局員が執務をし, 絶えず利用者がここを出入りする.

高層棟の1F部分の機能は, たいていがエントランスロビーかエレベーターホールなので, 警備員が目を光らせ, 人々が足早に通過するだけのスペース.

もしこの広場の周りが高層棟だけだったなら, この広場はもっと殺風景になっていたはずだ.

人の活動のある内部空間が広場レベルに設けられたことが, この場所の質を高めている.

 

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この郵便局, 平屋としては天井が異常に高い.

周囲二つの高層棟のピロティ部分と同じ高さで揃えられている.

内外の連続性が強調され, 建物内部というより広場の中にいる感覚になる.

 

つづく

 

401 to 1960s TWA

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近代という歴史をうまい具合に帯び, それを活用している.

帰国直後に立ち寄った旧TWA Terminal(現TWA Hotel)はまさにその好例.

 

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喧騒のJFK Airport Terminal 5.

連絡エレベーターの文字盤には'1960s'と'Present Day(現在)'の2つのボタン.

 

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'1960s'に着くと, やわらかな形状の長い通路が待ち受ける.

ここからすでにE.サーリネンの空間が始まっている.

 

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通路を抜けると途端に広がる,RCシェルによる優美な空間.

建物というより白く柔らかい空気感に包み込まれるような感覚は, これが最近完成した最新の建築作品と言われても信じてしまうような新しさがあった. (実際ここが改修されてホテルとしてオープンしたのも最近なのだが, その意味での新しさではない.)

これが約60年前に実現した建築なのだから驚きだ.

 

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表示盤がパラパラと回転するアナログなフライト案内板も当時のものなのだろう.

おそらく今はホテルのロビーとして使われているのであろう大空間には, 1960'sのアメリカンポップが流れていた.

 

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内外を横断する構造体.

外の柱が屋根になり, 内部の天井になり, 2Fの床になり, 壁になり, たまに椅子にもなる.

伊東豊雄の台中オペラハウス等で起こっていることが, 既に60年前にここで行われ, 今も何の遜色もなく残っている.

 

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構造とディテールが相互にこの空間を高め合っている.

よく見るとものすごく奇妙な形をしている階段の手すりも, この空間に身を置くとごくごく自然で心地よいものに感じられる.

 

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このシェルに包まれた大空間の1Fと2Fを回遊することができるのも, この空間の心地良さにつながっていると思う.

そのブリッジは, 両側の曲面壁からせり出した方持ちの床が, ちょうど空間の中央, シェルの頂点から吊られた時計の真下で接して連結している.

 

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外観も内観も宇宙船のように奇抜だ.

けれど, 実際の空間体験はこの上なく自然で心地良く, 違和感を感じなかった.

完成から60年経っても, 商業的なものに転用されても, その良さが損なわれていないのは,

既存を尊重した改修・運営方法もさることながら, 構造=空間であり空間=構造であるためだろう.

 

むしろ当時の喧騒からは切り離され, 今なら程よい静寂の中でこの空間を楽しむことができる.

400 AMERICA_2019

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2019年初夏, アメリカ.

高校の頃CA, AZに行って以来だが, 中部・東部は初上陸.

ヨーロッパと並ぶ, 現代建築大国.

 

Chicago→Kansas City→Dallas→Fortworth→Pittsburgh→New York

と巡った.

 

ヨーロッパと比べて, 街並に魅力のない国(=歴史的な街並がないから)

というのが訪問前, かねてより抱いていた印象.

 

けれど, 実際訪問してみると, 「近代」という歴史を上手い具合に帯びつつある,

そしてそれを上手い具合に活用している実体が見えてきた.

216 Fer-ho nomes es

Fer-ho nomes es un gran chance i tambe un gran risc.

 

Una comunicacio amb bones persones, em dona un estimul bo.

Pero una comunicacio amb no tan bones persones teu perdes no solament el teu temps sino perdes el teu estimul tambe. Es una perdua molt gran.

 

Tambe, si el teu mestresses falsa persona, el teu perdes no solament el teu temps per estimar-la, sino la teva vida va a destruir i no va a reparar. No hi ha ningu soccorrer-tu.

 

He de triar el correcte amb ciudado, per protegirme.

215 ローカルビジネスと建築(番外1)

JR中央ラインモール開業は2014年末頃のことのようだ.

当時の自分の中では, 公共建築(≒地域拠点の施設)の対極にあるのが商業建築であり, ここは商業建築として認識されていた.  そもそも当時, 地域拠点施設という概念自体あまり無かったように記憶している.

JRを中心とした高架下活用+沿線開発のプロジェクトで, 複数の不動産会社が関与しているようだ.

改めて見ると, これも昨今の地域拠点ムーブメントに関連してそうに見えなくもない. それどころかこちらの方が時期としては早い. 

ということで東小金井周辺を歩いてみた.

 

<ヒガコプレイス>

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コンセプトは「地域で暮らし, 地域で営む」.

東小金井駅の高架下はnonowaというJRのショッピングモール, 駅から少し離れた高架下を民間他社に委託しているようだ.

駅から少し歩いた高架下に建物を描いたような白いフレームが見えてくる.

 

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このフレームが店と歩道との間に中間領域を作っている.

特に武蔵境側は, 高架下の向かいが元々鉄道用地(貨物車庫と変電所)だったようで, 現在はまだ工事バリケードが続き何も無い状態だった.

 

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5組の工芸職人が入居する atelier tempo.

骨組みむき出しの簡素なコンテナハウスの中に, ミシンや作業台が並んでいる.

コンテナが使われているのは, JRから民間への定期借地であることが原因のようだ.

 

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高架のRC柱には, サインによる地域情報. 

 

<PO-TO>

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ヒガコプレイスの隣は, KO-TO → PO-TO → MA-TOと続く.

PO-TOは「店舗, 工房, ショールームを併設できるシェアオフィス」というコンセプト.

テナント部分はこじんまりしているが, 間口一杯のドアがショーウィンドウとなり, 道に面して小さな可愛い店が並ぶようなイメージ. 

 

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入居者の一人, HACOBEの渡辺さんはパッケージデザイナー.

自宅を本業の事務所にしているが, そのワークスタイルだと地域や社会との繋がりがどうも希薄になると感じ, オープンな工房兼アンテナショップとしてここに入居している.

東京オリンピック2020の種目を浮世絵の江戸人に見立てた「江戸×運動」シリーズ等, キャッチーかつ良心的な価格のグッズが並ぶ.

 

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テナント入居者は別棟シェアスペースのキッチンや複合機等も利用可能.

分棟になったコンテナハウスなので, 一度外に出てからカードキーで入室する.

これは若干不思議な感覚だった.

 

<MA-TO>

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PO-TOの先はこれからオープン予定のMA-TO.

PO-TOが工房的だったのに対し, MA-TOはキッチン機能が付加され, 飲食店を開ける造り. ヒガコプレイスのように, 歩道から高架下の内側にセットバックして中間領域を設けている.

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奥の棟には, もう少し広めの業務用厨房や, 工作室, セミナー室が備えられている.

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不動産業界の変化として見ると, これは画期的で先進的だ.

聞いた話だが, テナント入居者も運営会社側で厳しく審査し, 空室を埋めることよりもモール全体の雰囲気づくりを優先しているとのこと.

 

しかし一方, 題名で(番外1)としているのは, 建築そのもののあり方が210〜212で挙げた事例に比べるとやはりまだ商業的で不動産的要素が強いと感じたためだ.

理由としてはいくつか考えられる.

まず, コンテクストの不在. この場所はそもそもが中央線の高架化によって新たにできた場所のため, 前者のようにもともと商店街やマーケットで活気があったり, 多くの人が住んでいたりということがない. 住人についてはまさに今沿線周りに建売が急ピッチで整備されているように, 魅力を後付けしたあとに住む人を呼び込もうとしている側面がある.

そして, これが何より大きいと思うのだが, カスタマイズの不在だ. 事例211, 212は特に作り手(=使い手)のこだわりや個性, 元々そこにあったものへの尊重など, 手作りされた「一点モノ」感が非常に強いからこそ, いわゆる建築家作品ではないのだが建築としての魅力が感じられた.

が, ここでは定期借地(あとおそらくコスト)の制約もあり, 作り手が可能な範囲でデザインしたコンテナハウスを用意し, 使い手はその個々のテナント内のみをカスタマイズすることに止まってしまう. 結果として, この場所の魅力は使い手のコンテンツ(=商品)次第に寄ってくるように思う.

とにかく, 今このモールを見たからこそ多くの気づきがあった.